20世紀に、ミュージカルだの、はたまた映画、テレビなどたくさんの娯楽が台頭し、オペラはすっかり取り残されてしまった感がある。(第一次世界大戦以降のオペラがレパートリーとして定着していないことこそが、その証左である)。ならば、オペラ華やかなりし19世紀を想起し、そこに20世紀娯楽の優れたところを加味しながら、21世紀はもう一度「オペラ」を復権させたい。親しみやすいメロディの数々、オペラならではの声の醍醐味、音楽が作り上げるドラマ(それこそがオペラであると私は定義するのだが)の絢爛さ、そういったことを思いつつ、この天生峠の新しい伝説を音楽に書き記していった。
ただ、このオペラで村や里を襲う大洪水などの甚大さを音楽で描き切ることはできなかった。ちょうど作曲中に起きた広島での土砂崩れには、呆然とテレビ画面に見入るしかなかったし、わたしたちは東日本大震災などにも接している。原発の被害に至っては手を拱いているしかないのか。大自然(いや、ときに人災)を前にしてまさにわたしたちは風の前の塵だ。
音楽にできることは一体なんだろうと自問しつつ、種々の想念をこのオペラに託した。
(初演プログラム)